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日本を離れてお散歩中


50歳からの海外就職 ノマドシェフになるまで三話目

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これは、50歳を過ぎてから海外に出てシェフをしているわたくしの記録です。

も、三話目になりました。

 忘備録的な感じかもしれませんが何かの参考になれば幸いです。

今回は英語もベトナム語もできないままコミュニケーションをとっていた与太話と日本食を理解してもらうのに必死だった話です。

 

二話目はこちら

www.ykkynkky.com

 

 。。。。。。二話目の続き。。。。。

 

 

 

ハノイでのシェフ生活の始まり

ホテルの中に住むということ

4年間の住まいはホテルの中のツインルームの一室で、ほぼ宿泊客と同じサービスが受けられます。

食事は館内のレストランは無料、その他に社員食堂もあり、食事には困りません。

ジムもプールも使える。

ランドリーも清掃もしてくれる。

物価の安いベトナムなのに更に対してお金を使わない。

おかげで子供達に満足な仕送りをすることができました。

 

通勤時間が10秒なので超楽チン、。は、よいのですが、なんかあった時やクレームがあったりした時は、何時でも呼び出される。まあ、自分でお店を持っていたり、経営者だったりしたら、みんなそうですよね。

とにかくウロウロと街を歩くのが好きなので、昼の休憩時間、夜9時に仕事が終わったらぶらぶら街を探索していました(4年間ずーっとそんな感じ。。。)

 

ベトナム人スタッフとのコミュニケーション

NARUMI,  KINTARO,  TAKUYA , NIKUSON, MARK, HIRO, AKIRA, HENMI、、

ベトナム人の名前は読みが難しいらしいので、ホテルの人事部が英語のニックネームを全員につけているのですがジャパニーズキッチンのスタッフにはなぜか、日本語名がちょいちょいついているのです。

 

(彼らは今でも家族!)

 

ベトナム人について一般的によく言われるらしいのが

・勤勉

・プライドが高い

・謝らない

・すぐ床に座っちゃう

とか、らしいのです。

 

そんなことらしいけど、結果からいうと。。。

 

"NARUMI ことリリーとKINTAROことキンタロー、この二人を筆頭にスタッフ8人が4年間のハノイ生活の中でわたくしをなんちゃってシェフからシェフらしきものに育ててくれたのだと思います。"

 

わたくしと同じくらい低レベルの英会話力のリリー、更に下回るキンタロー、他はベトナム語オンリー、、、。

でもそこは、現代。iphone のおかげで、なんとかなりました。

 

コニュニケーションは、言葉が重要なのはさることながら、気持ちじゃ!

 

ある場面では、リリーが急に身体をくねくねさせながら身体表現をしたりします。

モーニンググローリー(日本では空芯菜ですね)という野菜名が英語で出てこなくて

身体表現するリリー、。いや、まじ、笑ったし。。。

 

南部訛りが強く同じベトナム人でも時々理解不能なキンタローは小さいけれど力持ちなので、なんでも持ってくれるけど、めちゃくちゃな英語。。

 

サーモンが一柵見当たらない時に

「マダーム、サーモン、スイミング、ゴーツーシンガポール」とか言い訳するTAKUYAことズン、。

OK,OKしか言えないゴーゴー(ベトナムでは犬という意味らしい)、、。

とにかく笑いの絶えないキッチンでした。

ローカルレストランや路上飯の美味しさを教えてくれたのもスタッフです。

 

なんでもOKと言っちゃうベトナム人

よく言われるのがベトナム人は「ごめんなさい」を言わないということ。

「OK,OK」とわかってなくても言っちゃうこと。

数ヶ月一緒に仕事をしていくとそんな彼らの特徴も見えてきます。

もちろん、会話自体が片言の英語どうしと、ベトナム語のわからないわたくしですから、勘違いやミスアンダースタンドは日常茶飯事。

 

それにしても、OK,OKと言ったのに、してないじゃん!みたいなわたくしのいかりも増えてくるわけです。

 

そこで全員とミーティングをしました。

とにかく、わからなかった時は、YESを言わない。OKを言わない。会話の最後に必ず、

『YOU ARE UNDERSTAND??』

私も聞くから、君たちも『マダーム、UNDERSTAND??』必ずそう言おう。

『NO UNDERSTAND』って言ったら、わかるまで、もう一回聞こう。それでもダメなら、日本語のできるニンちゃん(すっとんきょうな声を出すレセプションの女の子)を呼ぼう。

このルールが浸透するのに二、三ヶ月かかりましたが、そのうち徹底してくると、誰かが私と会話(特にキンタローが多かった)を長々としていて最後に

『UNDERSTAND???』と聞くと,, 自信満々に『NO!

というようになり大抵の場合はずっこけ、周り共々大笑いでした。

そうこうしていくうちに思い違いやミスアンダースタンドは減っていくようになったかな。。。と同時に『I'M SORRY』ってちゃんという癖もつくようになったと思います。

 

彼らは、今でもメッセンジャーをくれたり、電話をかけてきてくれます。

たいていの場合、相変わらずの英語らしきもので

「HOW ARE YOU?」「MADAM HAPPY???」の2~3言くらいの言葉だけで、やりとりしてる感じですが、、、

 

日本人が正しい日本食を伝えるということ

前任者がマレーシア人だった

わたくしが着任する前のジャパニーズキッチンのシェフは、聞くところによると、

コリアンの和食師匠に師事した、「日本名、◯◯乃助」っていうニックネームで自身を本物日本人アピールしたマレーシア人だったらしい。(すでにややこしい)。。

 

なぜにそんなに日本人アピールしたのかは理解不可能でしたが、のちのちには、なんとな〜くブランド意識みたいなことなのかもなあ〜〜と理解しました。

 

なので、ちょっと味付けがコリアン風だったり、メニューにキムチチャーハンがあったり、キムチがあったり、、

まあ、それでもよく日本食を勉強しているみたいで肉じゃがをスタッフに教えていたり牛丼とかも教えていたらしくキンタローは上手に作っていたかな。

 

脱・化調

ハノイでは「味の素」がおおはやりなので、ジャパニーズキッチンも大方のメニューに「味の素」、「ほんだし」、蕎麦やうどんには、「めんつゆ」を使用していました。

せっかく何時間も豚の頭やら骨やらを煮込んで作っているとんこつラーメンのスープも

仕上げは、とんこつスープの素を使ったり。。。

マレーシア人の前シェフが7年間そう仕込んでいたのでしょう。。。

 

そこは、グーグル先生とYOUTUBE師匠に師事しているわたくしとしては見逃すわけしはいけません!

 

出汁は重要よん

すべてにおいてのメニューに出汁をとるところから変えていきました。

 

これには随分と労力を要しました。

なんせ、化学調味料に慣れているみんなの舌を少しずつ、化調から離脱させなくてはいけないのですから、、、

 

幸いにもキンタローの舌は、一度覚えたら、バッチリと味を決められるタイプ。。

ただ、例えば、鰹節を長いこと沸騰させないで、投入したら、すぐ火を止めてすぐさま、漉す。。とか、の細かいことを理屈とともに説明しなければ、プライドの高いベトナム人のこと、納得しません。

 

出汁さえしっかり取っていれば、ラーメンでもめんつゆでも、醤油と酒と砂糖と塩と

みりんですっきりとした美味しさを出せる。。。

漬物だって、昆布を切って入れたら、味が出る。。。

 

それを指示するだけではなく、実際に違いを知ってもらいたいがために、サンプルをいっぱい作りました。(語学にハンディのあるわたくしには実際に比べて、わかってもらうしかないわけで。。)

 

・ほんだしで作ったスープ

・昆布だしで作ったスープ

・昆布と鰹節で作ったスープ

・しいたけで作ったスープ

・長いこと沸騰させたら濁ってしまうスープ

・澄んだ出汁のスープ

 

などなどを、すべて透明のコップに入れて、全員で検証するところから始めました。

その後、酒、塩、砂糖、醤油を入れたらこうなる。。とか、、、

 

もう科学実験室のようなキッチンです。

 

それを繰り返して数ヶ月後に同じ実験をしたら、加えたら簡単に味が決まる化学調味料と、出汁をとって作ったスープの違いを理解してくれた時の嬉しさは半端なかった!!

 

(ちなみにこれは、化学調味料を否定するためにしたことではなく、急成長しているハノイにおいて、いかに味にオリジナリティを持たせるのは大変かということと、日本人の出汁文化について知って欲しかった、というためにしたことです。決して化調を否定していることではないのよん。。。)

 

これを理解してくれた後のジャパニーズキッチンの冷蔵庫には、常に毎晩、翌日のために出汁の寸胴鍋が鎮座していたのはいうまでもございません。。

夜のおしまい時に寸胴鍋に昆布を浸すのを忘れたゴーゴーがキンタローに叱られている場面がちょいちょいありました。

 

なんちゃってシェフでも出汁の重要性を知っている日本人のスタンスを理解してくれた、少しばかりの自信の始まりでもあったのかもしれません。。。

 

てか、そうやって、理解してもらうためにグーグル先生とYOUTUBE先生だけを頼りに

修行をさせてくれたスタッフに、、、感謝。。。です。。。

 

それぞれにタイトルを決める

スタッフに意味のない知ったかぶりの、OK, OK, で終わらせないように、

スタッフそれぞれにタイトルをつけました。

 

例えば、天ぷらをあげさせたら、超美しく作る、リリーには、

「テンプラ オブ クイーン リリイ!」

小さいのに自分よりでかいWOKで美しくスイングするキンタローには

「キング オブ チャーハン!」

寿司担当ズンちゃんはまだまだだったので、

「ベビーキング オブ スシ ズン」

万年、使いっ走りのCOOK3のゴーゴーにも

「キング オブ ピック アップ 使いっ走り〜!」

みたいな、、、

スタッフそれぞれに、できないことがあったら、クイーンやキングにまず聞け!

って、いうわけのわからんルールを作ってみたりしましたが、割と有効でしたかな。

 

ちなみにわたくしについたタイトルは、、ワンダーウーマン!(丁度映画が流行っていたのね)

 

懐かしいな〜〜。。。。

 

たまにくるメッセージで、彼らは、「俺たちのマダム」、。と、言ってくれます。

わたくしもいつまでも、「マイ、スタッフ」、、。ということでしょう。。。

大好き、。みんな。。。

 

ちょっと、さておき着任そうそうの出来事

生活改善をしようとしたらまさかの体調不良

ちょっとここで、50代にして、(正確にいうと52歳だったみたい)

海外就職初めてしてみたら、、な、身体的な経験。

 

久しぶりの一人暮らしだし、病気になるわけにもいかないので、それまで、朝食はお茶とはちみつ湯を飲むくらいだったのですが、

おし!朝食食べる習慣をつけよう!せっかくブッフェだし 

と規則正しいみたいなことを、1ヶ月ほど、続けていたある日、、、

 

朝食後の朝のおトイレに出かけると、、、いきなり鮮◯!!

 

いや、もうびっくりしたなんてものじゃあない。お尻事情は悪いタイプではなかったのでもうびっくり!二、三日は続いたので、そりゃあさすがに不安になりまして。。。

とにかくグーグル先生に聞きまくる。。。

 

脳みそでストレスを感じないやつは身体にあらわれる

結局一週間ほど続いた後にピタリと止まりました。

 

ハノイ入りからちょうど1ヶ月くらい経っていたのですが、言葉がわからないのにもかかわらず、とにかく業務を覚えて行動していました。

なんせ、なんちゃってシェフですから、

 

毎晩遅くまでYOUTUBE先生にかじりついて寿司の握り方、シャリのおいしい炊き方、でかい魚のさばき方、うなぎのさばき方、ハモのさばき方、、、。とにかく頭の中に叩き込む。(鯛くらいまでは経験があったのですが、8キロ以上のものはさばいたことがなかったので、、、)

 

朝は、スタッフが来る前に実践してみる(スタッフ達は自分たちがやるからマダムは監督するだけでいいんだよ、みたいな感じだったので、、、)

 

10時になると毎日幹部ミーティング、F&Bミーティング、1ヶ月ごとの収支決算のミーティング、購買部との打ち合わせ、マーケットチェック、新メニューの作成、新しいスタッフの面接、既存のスタッフのプロモート、日々の生鮮品のオーダー、ウインドウズの操作の仕方(Mac派なのでちんぷんかんぷん) 新規サプライヤーのチェック、、、、

などなど、もうてんこ盛り!!

その合間を縫って、健康診断やら、VISAの手続きやら、ユニフォームの採寸やら、、、

 

これ、ぜーんぶベトナム語か、英語!

        わかるわけがぁない!

 

では、渡っていけませんので、もう翻訳機を駆使して渡ってました。

 

加えて、(後で知ったのですが)ベトナム人社会では普通らしい1ヶ月の計画とか一週間の計画とか立てるみたいな習慣がない人達、らしいのですね、、。

今日のミーティング開催日時を今日決める、、みたいな、、

結婚式の招待を前日、もしくは朝にするとか。。。

 

ストレスを自覚するタイプではないので、もうバッタバタで1ヶ月を過ごしていたことに何にも気づかずに、とにかく動いていたわけです。

そんなわけで、身体がストレスを示してくれたのでしょうね、、きっと、、、

 

ありがとう鮮◯!(どこまでも間抜け)としか今になっては思えない

 

仕事の後にのんびりする場所を探す

とりあえず、健康になろうなどと、朝食を食べることなどやめて、今まで通りの朝は飲み物だけ、昼に少し食事をとり、5時前にはスナックをとる。。に戻しました。

 

(なんやねん、これの方があってる身体って、どないやねん。。)

 

そういや、日本にいる時も子育て中も1日の終わりによくバーに言っていたなぁ〜、

1日の終わりにのんびりできる場所を探そう。

と思い立ちました。

 

「ハノイ」、「バー」、で、日本語でインターネットの海を泳いでみました。

 

そしたらその後こんな50歳すぎたあたくしでもくつろげるバーがあったとです!

そして、そこで、出会った人たちだったり、考えたりしたこと、、

 

あ〜〜、未知への獣道を分け入ってよかったなあ〜〜と、、、

 

あたくし、知らない場所でも、進化していける!みたいな手応え!みたいなもの、、、

 

ちょっと感じながら、大好きなジャックダニエルと、ズブロッカで、1日の終わりに一休みできる場所を見つけたですよ!!

 

このあとは、続き。。。

第4話目で、、、

 

 

50歳からでも海外就職したり、シェフになってみたり

 

したい人の参考になれば良いかなと思います。